大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和29年(行)24号 判決 1957年4月10日

原告 伊藤甲子郎

被告 新潟県知事

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告が昭和二十九年五月三十一日内野町都市計画事業土地区劃整理設計書に対して為した異議申立につき、被告が同年七月十九日これを却下した処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、「(一)新潟県西蒲原郡内野町は昭和二十八年十二月十日大火に見舞われ、これを機会に都市計画事業が施行されることゝなつたが、内野町は都市計画法第十二条、第十三条、同法施行令第十五条の規定に基き建設大臣より都市計画事業として土地区劃整理の施行を命ぜられ、同施行令第十七条の規定により設計書、費用負担方法及び耕地整理法に基く規約に代るべき必要事項(内野町都市計画事業土地区劃整理施行規程)を定め、これを昭和二十九年五月二十二日午前八時三十分より同月三十一日午後五時迄の間内野町役場において土地所有者及び関係人の縦覧に供した。(二)原告は右土地区劃整理地域内に別紙目録記載の宅地(以下原地と称する)を有するものであるところ、(三)原告は昭和二十九年五月三十一日都市計画法施行令第十七条第二項の規定に基き前記設計書に関し、次の如き違法事由があるとして被告に対し異議を申立てた。すなわち、(イ)前記設計書が決定されるに先立ち、原、被告及び内野町当局の三者間において、原告に交付すべき換地の幅員を原地のそれと等しく約四間一尺とするとの了解が成立していたのにも拘らず、前記設計書においては、それが東南辺において三間四尺八寸とせられ、西北辺において三間三尺六寸とせられていること。(ロ)原地の幅員が右の通り約四間一尺であるにも拘らず、前記設計書においては、これを四間五寸であるとし、この誤れる数字を基準として原告に交付すべき換地の幅員を算出していること。(ハ)原告は家業として製油業を営むものであつて、前記設計書において交付を受くべき換地の上に製油工場を建設しなければならないのであるが、右の如く東南辺が三間四尺八寸、西北辺が三間三尺六寸の幅員では間口三間半の最少限度の工場すら設置が不能であること。(ニ)前記設計書においては、原地の北東方を走る道路(通称福田小路)を拡張しているが、その彎曲部が原地に対する換地の属する区域に喰込む如く故さらにこれを彎曲させているため、不当に右換地の幅員を狭くしていること。の以上四点が異議事由であつた。(四)ところが、被告は昭和二十九年七月十七日原告の本件異議申立書に異議事由の記載がないから不適法な申立であるとして、これを却下した。(五)しかしながら、原告は昭和二十九年六月十五日被告に対し口頭を以て前記四点の異議事由を申し述べているのであるから、原告の本件異議申立は決して被告のいう如き不適法なものではなく、従つてこれを却下したのは違法な処分たることを免れない。よつて、被告の右却下処分の取消を求めるため、本訴に及んだ」と述べ、被告の主張に対し「原告の異議申立書の記載内容が被告主張の如きものであつたことは認めるが、被告が原告に対し、書面により異議事由の申出をすべき旨を命じたとの点は否認する」と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実のうち、前掲(一)、(二)記載の事実はいずれも認める。同(三)記載の事実中原告より、昭和二十九年五月三十一日被告に対し都市計画法施行令第十七条第二項の規定に基く異議の申立が為されたことは認めるが、その余は否認する。同(四)記載の事実中被告が昭和二十九年七月十七日原告の右異議申立を却下したことは認めるが、その余は否認する。同(五)記載の事実中原告から昭和二十九年六月十五日被告に対し口頭により右異議申立の異議事由の開陳が為されたことは認めるが、その際申述べられた異議事由は前掲請求原因事実(三)、(イ)、(ロ)、(ハ)記載の異議事由の三点にとゞまり、同(三)、(二)の事由は述べられていない。

被告は次の理由により原告の本件異議申立を不適法と認めたのである。

一、本件異議申立については、その性質上当然訴願法の規定が類推適用されると解すべきところ、同法第五条第一項、第六条第一項の規定によれば、訴願は文書を以て提起すべく、訴願書には不服の要点、理由、要求を記載すべきものとされている。しかるに、原告の本件異議申立書には「内野町土地区劃整理設計書縦覧の結果不明な点を発見しましたので、再調査下さるよう異議申立致します」と記載されているのみであつて、不服の要点、理由、要求の記載が全く欠けている。而も、被告が昭和二十九年六月十五日原告の代理人であるその父訴外伊藤福市に対し、設計書自体に対する異議があれば、その異議事由を書面により申出すべき旨告げたのにも拘らず、本件却下処分が為されるに至る迄約一ケ月の間原告より何等の応答もなかつたのである。

二、仮に、本件異議申立には訴願法の規定の類推適用がなく、従つて訴願書に不服の要点、理由、要求の記載を要しないとしても、異議申立期間内に当該縦覧に係る設計書又は費用負担方法及び耕地整理法基く規約に代るべき必要事項(施行規程)に関する異議事由を開陳するを要することは事理の当然であると解すべきところ、

(1)  原告が口頭を以て異議事由を述べたのは前記の通り昭和二十九年六月十五日であつて、本件設計書及び施行規程に対する異議申立期間経過後であることは明白であり、而も、

(2)  原告が述べた異議事由は前述の通り前掲請求原因事実(三)、(イ)、(ロ)、(ハ)の三点であるが、そのいずれも換地計画に関するものであつて、本件設計書等に関するものではない。

以上要するに原告の本件異議申立は到底不適法たるを免れないから、これを却下した被告の処分には何等違法な点はない」と述べた。(立証省略)

理由

原告の本訴請求は要するに、訴外内野町が都市計画法第十二条、第十三条、同法施行令第十五条の規定に基き建設大臣より都市計画事業として土地区劃整理の施行を命ぜられ、同施行令第十七条の規定により設計書、費用負担方法及び耕地整理法に基く規約に代るべき必要事項(内野町都市計画事業土地区劃整理施行規程)を定め、これを昭和二十九年五月二十二日午前八時三十分より同月三十一日午後五時迄の間内野町役場において土地所有者及び関係人の縦覧に供したので、原告が土地所有者として同年五月三十一日右施行令第十七条第二項の規定に基き右設計書に関し異議を申立てたところ、被告は同年七月十五日これを却下する旨の処分をしたが、同却下処分には違法な点があるから、その取消を求めるというに在る。

ところで右施行令第十七条第二項に所謂異議の申立とは如何なる意義、性質を有するものであろうか。本件異議が右同条第一項の設計書、費用負担方法及びその他耕地整理法に基く規約に代るべき必要事項(以下単に設計書等と称する)に関するものであることは同条第二項に明定するところであつて、また右の設計書等が土地区画整理工事の目論見、方針乃至はその実施のための諸準則等を定めたものであつて、直接個人の具体的な財産権につき影響を及ぼすべきことを目的としたものでないことは、都市計画法第十二条により準用される耕地整理法第三条、同法施行規則第八条、第九条等により明らかである。ところで、一般に行政行為が具体的な行為のための一定の規準を設定するに止まる場合には、この基準に基いて将来特定の個人に対して具体的な行為がなされるであろうことが容易に推測されるものである以上、右の基準の設定行為により特定の個人が何等かの意味においてその法律上の地位に影響を受けるといゝ得ないわけではないけれども、それは特定の個人に対し具体的な行為(処分)がなされた場合と異なり、その個人の権利義務に変動を及ぼす効果は未必的、間接的であつて、具体的、直接的なものではなく、これは恰も、課税物件又は課税標準の設定行為とこれに基く具体的な課税処分との関係に類比され得るであろう。

換言すれば、個人が具体的に権利(又は利益)の侵害を蒙るのは、一般的な基準の設定行為によつてゞはなく、具体的な処分によつてゞある。従つて、前述の如き設計書等が決定されたとしても、これにより直接特定の個人がその法律上の地位に影響を受け、権利(又は利益)侵害を蒙るということはないわけであるから、設計書等の決定に違法な点があつたとしても、直ちにこれに対して裁判所への出訴は勿論、異議、訴願等も無条件に許されるというわけのものではなく(異議、訴願もまた、行政権の内部における争訟手続であることの性質上当然申立にその権利(又は利益)侵害のあることが要件とされることはいう迄もないところであろう)、これを認める特段の規定がなければならないのである。それなら、前記施行令第十七条第二項の規定は所謂行政争訟手続としての異議(尤もこのような手続を認めたものと解すれば、その性質はむしろ訴願というべきであろう。)を認めたものであるかどうかゞ問題となるであろう。しかしながら、設計書等の性質が右の如きものであつて、而も直接これに対する裁判所への出訴を認めた規定もない(都市計画法第二十六条が特に「本法又ハ本法ニ基キテ発スル命令ニ規定シタル事項ニ付行政庁ノ為シタル違法処分ニ因リ権利ヲ毀損セラレタリトスル者ハ行政裁判所ニ出訴スルコトヲ得」と規定していることに留意すべきである)ことから考えれば、右施行令第十七条第二項に規定する「異議ノ申出」を以て直ちに所謂行政争訟手続としての異議又は訴願であると速断するわけにはいかないであろう。蓋し、これを積極に解するとすれば、その裁決は一の行政処分として出訴の対象となり、結果的には設計書等に対する直接の出訴を認めたと同一のことゝなるからである。のみならず、右施行令は第十七条第三項において、「都道府県知事ハ前項ノ議決カ第一項ノ規定ニ依リ定メタル設計書、費用負担方法其ノ他ノ事項ノ変更ヲ必要トスルトキハ公共団体ニ其ノ変更ヲ命ズベシ。公共団体カ変更ヲ為シタルトキハ其ノ変更シタル部分ニ付第一項ノ手続ヲ為スベシ」と規定するのみであつて、知事の異議申出人に対する応答という点については何等触れるところがなく、専ら土地区画整理施行者である公共団体に対して執るべき措置を念頭に置くが如き如度が窺われるからである。結局設計書等の決定は、関係人の利害に影響するところが重大であるから(それが間接的であるにせよ)知事の自発的な工事施行団体に対する監督権の発動のみに委ねないで、積極的に関係人から知事に対しその監督権の発動を促すべき途を講じてこれを制度化することにより、可及的に関係人の保護を図るために設けられたのが、右の異議の申出の制度であると解するのが相当である。

本件異議の申出の性質が以上の如きものであるとすれば、知事が異議を正当と認めて、設計書等の変更を公共団体に命じた場合は、知事が監督権の発動を促されてこれに応じたというに止まり、それ以外に異議申立人に対する異議認容というが如き処分の存在し得る余地がなく、同様な意味において、知事が異議を理由なしと認め、又は正式の異議申出とは認められないとして、監督権の発動に応じなかつたとしても(職務執行の不適正又は怠慢の非難を受けるかどうかは兎も角として、)それ以外に異議申出人に対する異議棄却、又は却下というが如き処分もあり得る筈がないのであつて、知事が偶々申出人に対して「異議申立を棄却する」とか「異議申立を却下する」等の通知を発したとしても、それは単に、知事がその監督権を発動しないという態度を事実上表明したに止まると解すべきである。従つて、原告の本件異議申立に対して被告がなした本件却下処分は、結局単なる事実上の措置(これが適切妥当なものであつたかどうかは暫く措く)であるに過ぎず、個人の法律上の地位に影響を及ぼすべき所謂行政処分とはいえないから、取消訴訟の対象となり得るものではない。

よつて、被告の本件却下処分の取消を求める原告の本件訴は不適法として却下することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 真船孝允)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例